Top
  >  観光スポット (Page 7)

中津川宿と馬籠宿の中間にあり、木曽路の険しい難所の手前に位置する落合宿。信濃国から美濃国へ入る最初の宿場町で、宿の長さは約390m、家数は約70戸、宿場の両端には桝形を備えていました。落合宿は、1804年と1815年に二度の大火に見舞われましたが、その後に建てられた土蔵造りの本陣やうだつ、古い民家などから江戸時代の面影を垣間見ることができます。

江戸時代の幹線道路であり、江戸と京をつないだ街道「中山道」。中津川宿は、中山道と飛騨街道が交差し、交通の要衝としても栄えました。中津川宿は中山道の45番目の宿場町で、かつては岐阜の東美濃地方で随一の商業の街として栄えていました。中山道の中でも比較的大きな宿場であり、寛政年間(1789~1800年)には、街の長さが約1km、家数は175戸、人口は1230人となりました。

馬籠宿は、江戸から43番目の宿場町です。石畳が敷かれた坂道の両側に飲食店やおみやげ店などが軒を連ね、中津川の郷土食でもある五平餅、せんべいやおやき、栗きんとん味のソフトクリームなどの食べ歩きができます。馬籠宿を流れる水路の水車小屋、石畳の坂道など写真に収めたくなる美しい街並みです。宿場に敵が侵入するのを防ぐための「桝形」など、江戸時代の面影も残されています。

明治20年代は村芝居の全盛期で、岐阜県東濃地方にも劇場形式の芝居小屋が60棟以上も建てられました。1894年(明治27年)に、地域の人々の尽力でかしも明治座も建てられました。地域の人が演じる芝居や旅の一座の公演などが行われ「娯楽の殿堂」として、村の人々に愛されてきました。建設当時のままの姿を保つこの劇場は、今もなお現役で、岐阜県重要有形民族文化財に指定されています。