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常盤座は、岐阜県中津川市高山地区、常盤神社の境内に建築された芝居小屋です。東美濃地方は、古くから地歌舞伎が盛んだったため、常盤神社の境内で歌舞伎が上演されていましたが、群衆が大勢集まることから一揆を警戒され、上演の際には警察の許可が必要でした。そこで自由に歌舞伎を上演できる場所を求めて、地域の人々が米を寄付し合い、1891年(明治24年)に待望の芝居小屋が完成しました。

中津川市と恵那市の境に位置する標高930mの高原です。根の上湖・保古の湖と二つの湖を有し、湖畔の周り、保古山登山、湿地巡りなどいくつかの散策道が整備されています。御嶽山を望み、街が見下ろせる展望台もあります。森林浴にも最高のロケーションなので、湖の周りをのんびりと散歩してみては。

標高700m、中津川市川上にある夕森渓谷は、「岐阜県裏木曽県立自然公園」に含まれる自然公園です。 最大の見どころは、「岐阜県の名水50選」に選定されている「竜神の滝」です。落差12mの豪快で神秘的な滝は、間近に見られる歩道も整備されています。この滝に住む白竜が突然姿を現し、天まで駆け昇ったという伝説も存在しています。

中津川宿と馬籠宿の中間にあり、木曽路の険しい難所の手前に位置する落合宿。信濃国から美濃国へ入る最初の宿場町で、宿の長さは約390m、家数は約70戸、宿場の両端には桝形を備えていました。落合宿は、1804年と1815年に二度の大火に見舞われましたが、その後に建てられた土蔵造りの本陣やうだつ、古い民家などから江戸時代の面影を垣間見ることができます。

江戸時代の幹線道路であり、江戸と京をつないだ街道「中山道」。中津川宿は、中山道と飛騨街道が交差し、交通の要衝としても栄えました。中津川宿は中山道の45番目の宿場町で、かつては岐阜の東美濃地方で随一の商業の街として栄えていました。中山道の中でも比較的大きな宿場であり、寛政年間(1789~1800年)には、街の長さが約1km、家数は175戸、人口は1230人となりました。

馬籠宿は、江戸から43番目の宿場町です。石畳が敷かれた坂道の両側に飲食店やおみやげ店などが軒を連ね、中津川の郷土食でもある五平餅、せんべいやおやき、栗きんとん味のソフトクリームなどの食べ歩きができます。馬籠宿を流れる水路の水車小屋、石畳の坂道など写真に収めたくなる美しい街並みです。宿場に敵が侵入するのを防ぐための「桝形」など、江戸時代の面影も残されています。

明治20年代は村芝居の全盛期で、岐阜県東濃地方にも劇場形式の芝居小屋が60棟以上も建てられました。1894年(明治27年)に、地域の人々の尽力でかしも明治座も建てられました。地域の人が演じる芝居や旅の一座の公演などが行われ「娯楽の殿堂」として、村の人々に愛されてきました。建設当時のままの姿を保つこの劇場は、今もなお現役で、岐阜県重要有形民族文化財に指定されています。